KEIFU 001
長崎に生まれ、ミラノを経由した
立川裕大 ── 伝統技術ディレクター、t.c.k.w 代表、AMUAMI 創業者
のちに日本中の職人と組むことになる人の出発点に、
伝統の血筋はない。
作る話より先に、売る話を知っていた。
その順番が、あとで効いてくる。
1965年、長崎県に生まれた。家が工芸を営んでいたわけではない。産地に育ったわけでもない。のちに日本中の職人と組むことになる人の出発点に、伝統の血筋はない。
1988年、カッシーナの日本法人に入る。イタリアの家具を、日本の建築家やインテリアデザイナーに売る仕事である。毎年ミラノへ通った。売る側にいた十一年で、良いものが売れる理由と、良くても売れない理由を、両方見ている。この順番は、あとで効いてくる。作る話より先に、売る話を知っていた。
1999年、33歳で独立し、株式会社 t.c.k.w を興す。売る側から、作る側の隣へ回った。ただし職人ではない。図面を引く人でもない。産地の技術と、都市の設計者。そのあいだに立つ仕事だった。
そこには、当時まだ名前がなかった。名前がないということは、頼み方も、値段の付け方も、納期の決め方も、誰も知らないということである。最初の四年は、そのまま授業料になった。納期が一年に伸びた。見積もりが想定の五倍になった。仕事は取れても、方法がない。
四年目に、最初の仕事が形になる。目黒のホテル、CLASKA。漆のカウンターだった。
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